2022.1.12

無駄な経験なんて一つもない!そしてたどり着いた「起業」の道

無駄な経験なんて一つもない!そしてたどり着いた「起業」の道
齋藤由貴

神奈川県出身。国立音楽大学音楽文化デザイン学科音楽療法専攻卒業。現在、株式会社ぴあのっちを経営している。趣味は、ダイビング、神社参拝、料理、ガーデニング。

音大生が自身のキャリアを考えるために、音大生自身が音大卒業後のキャリアについてインタビュー。

今回のゲストは、国立音楽大学で音楽療法を学んでいた齋藤由貴さん。
様々な仕事経験を経て、株式会社ぴあのっちを起業。現在は会社経営やピアノ指導、講師指導など幅広く活動中。そんな齋藤さんから、過去のお話しや音大生のうちにしておいた方が良いことなどをたっぷり伺いました!

 

大きかったピアノの存在

 

ー齋藤さんがピアノと出会ったきっかけを教えてください。

 

私が育ったところは、町内みんな一つの学校に行くみたいなすごいちっちゃい田舎町だったのです。そういう場所で育ったので、友達みんなが何の習い事をしてるのかが把握できている状況でした。

そんな中で周りの影響もあり、ピアノはやってみたいなと思い、自分から両親に伝えたのがきっかけです。

 

ー幼いころ、齋藤さんにとってピアノはどんな存在でしたか。

 

小学校5年生のときに、父の仕事の関係で横浜に転校したんです。正直、ちっちゃい田舎町から都会に引っ越すって、すごくストレスでした。両親にはわかった行くよって言った手前、学校で友達もできないのに「友達できたよ」「学校楽しい」って話したりして…。

そんな複雑な気持ちを全部代弁してくれたのが、私にとってはピアノだったんです!ピアノはすごく好きで、朝から夜寝るまでずっと弾いてましたね。

 

ーご自身が保てたのもピアノのおかげだったのですね。

 

そうなんです。ピアノが、悶々としていた気持ちの拠り所になって、自分を内観させてくれたように思います。自分の中で音楽は帰れる場所になっていました。この経験がルーツとなり今の仕事をしていますね。逆に、この出来事がなければたぶん私は、今の仕事をしていないかも。

そんな感じでずっとピアノを弾いてたから、両親に「あ、この子は勉強はしないけど、ピアノは好きそうだ!」と思われ、音楽中学の受験を勧められました。

 

挫折から始まった学生時代

 

ー合格し入学した音楽中学では、どのように過ごしていましたか。

 

ピアノが好きで受験したらたまたま受かっちゃったんですが、私が通っていた北鎌倉女子学園って、いざ蓋開けてみたら「小学生の時からコンクールのグランプリ取ってます」みたいな人ばかりだったのです。

クラスメイト13人しかいない中、雲泥の差が目に見えてあり大挫折しました。ソルフェージュは初めてで、「え、これどういうこと?」「リズムとかどうやって書くの?」と苦しかったですね。

それゆえ、高校は普通科の高校に行こうと思って他の進路も考え、学校案内を読んで、可愛い制服を見て憧れた時期もありましたね(笑)

本社近くの鳥のさえずりが聴こえる自然豊かな公園にて。 齋藤さんは、娘さんとよくここでお散歩されるそうです。
本社近くの鳥のさえずりが聴こえる自然豊かな公園にて。 齋藤さんは、娘さんとよくここでお散歩されるそうです。

 

根底にあるのは「ど根性魂」

 

ーそんな背景もあった中で、そのまま音楽高校に上がった理由を教えてください。

 

率直に、自分の進路に向き合った時、音楽以外にやりたいことが見つからなかったというのが大きいです!「他に、何がしたいですか?」と思ったらやりたいことが急に全部なくなってしまったので音楽高校で絶対トップになろうとその時に決意しました。

 

ー強い意志で高校の進路を決定されたのですね。音楽高校時代はどう過ごしていましたか?

 

どこまでできるかわからないけど、ひたすら学業に向き合い続けました。最終的には、高校生では聴音で1番上のクラスに上がれましたね。

ど根性魂だったように思いますね。負けん気が強かったですね、今もだけど。

 

ーど根性魂…勉強になります!学生時代、部活は何かなさっていましたか?

 

部活は、中学から継続して合唱部でした。コンクールに加えて、毎年、訪問演奏もしていましたね。そこでの経験が結構大きかったです。

特に病院でのロビー演奏は、入院してる子どもたちや外来で来てる人が感動してくれるのを目のあたりにして、音楽の持つ力を再認識しました。

そこで私は、大きいホールで弾いてみたいとかこういう舞台で活躍してみたいという憧れ以上に、この「近い距離感」で音楽を伝えていきたいと思い始めました。

 

ー国立音楽大学では音楽療法コースに進学されたのですね。その理由や学びをお聞きしたいです!

 

今話したように、「近い距離」で音楽を届けることに感動し、これにはどんな理由や効果があるのだろうと興味が湧いて進路を調べたら、国立音大の教育科で3年生から音楽療法コースがあるのを見つけ入学しました。ちょうど立ち上げの年で巡り合わせも感じましたね(笑)

授業では、精神科の先生が来て、発達心理学を学べたりするのがとてもよかったです。

実習先は、緊迫した精神科の病棟でした。こっちの気がちょっとでも緩んでいると、先生から怒鳴り声が聞こえてくるわけですよ。「そんなんで現場入るな!!」って。

すごい厳しい世界だなと思いつつ、自分には圧倒的に経験が不足してるなと思いました。一度社会に出て揉まれないと本当の意味での音楽療法はできないなぁと思い、一度演奏から離れることを決めました。

 

ぴあのっち公式キャラクター「ともだっち」との一枚
ぴあのっち公式キャラクター「ともだっち」との一枚

 

音楽を離れたら見えてきたこと

 

ーそれまでの経験を通して気づき、音楽活動から一度離れることを選択されたのですね。卒業後はどんなことをしていましたか。

 

イベントのブッキングの会社でキャスティング・舞台の設営を含めた裏方周りを担いました。一番印象に残っているのは、建仁寺という神社仏閣のイベントやってた時でね。ホールと神社仏閣の準備って全く違うんですよね。あまり電気が使えないから竹を半分に切ってその中に蝋燭を入れて境内に並べたりだとか、外で寒い中、演奏者に気持ちよく弾いてもらうためにはどうしたら良いかとか、凄く勉強になりやりがいを感じました。そういう経験を経て、色々な場面で事前準備やトラブル対処へのアンテナが立っていった気がします。

 

ー多様な経験をされてきた齋藤さんだからこそ思う「音大生が社会に出るためにしておくべきこと」は何かございますか。

 

やらないと分からない事って多いので、経験の為にも、バイトは一般のバイトをしてみたら良いと思います。

例えば、演奏家を目指すとしても、ブッキングしてくれる人、舞台監督をやってくれる人、PA通すんだったらそのPAさん、照明さん、集客してくれる人、お客様案内してくれる人...上げたらキリがないですね。自分一人のために相当数の人が動いているっていうのを肌感で知って想像力が増すと、行動が変わると思っていて。

だからどんな仕事についても良いと思うんだけど、そういうのが知れる様な経験が学生の時からできたとしたら、すごい違うんじゃないかと思います。ボランティアもいいと思うし…。

音大にいると、上手な人は周りにべらぼうにいて、自分はまだまだだと思っちゃうけど、外に出ると「音大行きました。」ってだけで凄いことなのです。「やらなければ」という気持ちに飲まれず、頑張っている自分を肯定してあげてください。音大生は、継続は力なりを体現しているのですから!それだけ頑張って努力を積み重ねて、音大に入れる程の技術があるのだから、プラスαとして「現実世界でどう生きていくか」の部分を学生の時に伸ばした方がいいかと思います。

 

ー学生時代の経験から、何を学びどう活かすかが大切なことを教えていただきました。現在のお仕事についてですが、どのように起業に行きついたのですか。

 

イベントのブッキングの仕事をしているうちに、自分も手に職を持ちたいなっていう思いが芽生え、子どもが好きだったというのもあって、ピアノのレッスンを始めました。

当時、私は出張レッスンを行っており、一週間に32人を見ていました。でも、持てる数に限界があり、これどうしたものかな?と思ったときに「同じ理念で頑張ってくれるピアノの先生を募ったらいいんだ」と思って起業しました。

それから、音大生って志高くてめっちゃ頑張ってるのに、社会に出て 独立できない所もあるんじゃないかなと思いまして。生きていくには、家賃払って生活費払ってという一定のお金がかかるじゃないですか?それすら稼げないこの世界をどうにかしたいなって思ったというところもあり、起業を決断しましたね。

 

ーピアノ講師を育てるポジションにもおられる齋藤さん。ピアノ講師を始めたい人へアドバイスを頂けますか。

 

人生経験みたいなものを増やすことが大切だと思います。そういう経験もありつつ教えるのと、そういう経験が無くて教えるのって、生徒に伝えられる幅が変わってくると思います。どれだけ子ども一人ひとりやお母さんたちに寄り添った会話ができるかって、とても大事ですね。だからベビーシッターみたいなバイトもすごく良いんじゃないかなと思いますね。そうするとリアルに子育ての現場に入れるかなと思います。

 

ー現場を見るってとても大切ですよね。

 

はい。生徒さんには、音楽を教えるのではなくて「音楽で何を学ぶのか」という点を大切に指導しています。一小節進めることより、音楽の面白さを知る引き出しを増やしていきたいと思っているので、まずは、楽しいと思える気持ちを養っていけるようにと心がけています。教えていく中で、小さい頃からの成長を見られるというのは、本当に堪らない喜びですよ。

 

本社のある埼玉県日高市での取材。 「のだめカンタービレ」作者の二ノ宮知子もお住いで駅前にはのだめのマンホールがあります!!
本社のある埼玉県日高市での取材。 「のだめカンタービレ」作者の二ノ宮知子もお住まいで駅前にはのだめのマンホールがあります!!

 

決断の決め手は「自分の行動で周りを幸せにできるか。」

 

ー会社の理念通り、明るく輝くイメージがある齋藤さん。ずばり、原点はどこにあるのでしょうか。

 

せっかく生まれてきてるので、死ぬ時に凄い楽しかったな。じゃ!って言って逝きたいなって思っています(笑)もちろん人生山あり谷ありで、あの時には二度と戻りたくないっていうくらい、苦しい経験だってしましたが、どんな現状でも自分の想い一つで全部変えられるので、どうせその現象が変わらないんだったら面白い方に持っていった方がいいかなって思ってまして!もちろん凹むし、超反省してどん底まで行くんだけど、その後は、どう解決しようかって持っていった方が、人生楽しくなるなって根底に思っていますね。

私の決断の決め手は、私がこれをやりますって言って始めた事で大事な人たちが、笑顔になれるかどうかでして。大事な人っていうのは、もちろん自分自身もそうだし娘や働いている講師の先生もですね…。

極端な話、自分の子どもが全然つまらなそうな顔をしてたりとか、泣いているのを放って仕事をするのは、凄い嫌で。それが基になってますね。

やってる人が楽しくないものを人に提供したって楽しくないじゃん?っていう気持ちが結論ですね。

 

ー音大生の進路を支援するYouTubeもされているのですよね。

 

はい。木曜日にYoutubeを更新し、就活する音大生向けの話をしています。音大の時にやっておいたら良いよなって思うことを発信して、それがヒントになって、社会人に対して希望を持ってもらえたら良いなって思っています。世の中は堅くないよってことに気づいてもらえたら嬉しいですね。

https://youtu.be/tKZWKW2h60c

 

ー明るくパワフルでド根性魂を持つ齋藤さんから、インタビュアーの私たちもエネルギーをいただきました。記事を読んでいる音大生にもメッセージをお願いします。

 

ずばり、いっぱい失敗したらいいと思っています。一回失敗すると吹っ切れるから、現場で強くなると思います。もちろん辛いし、怒られるんだけど、その経験って次に生きるんですよね。その時はもう日の目は見られないって思うんだけど、次に繋がるから大丈夫ですよ。(笑)

あとはさっきも言った、音楽以外の経験をするっていうのも音楽の良さが逆に分かったりするので、無駄な経験って一つもないと思います。

やっぱり音大生ってみんな綺麗なんだよね。凄いまとまってるっていうか大きな失敗もしない代わりに、綺麗にまとまりすぎてる気もするから、耐性をつけておくと良いと思います。

結論、目の前のことを全力でやってみたら良いと思っています。やってみると自分はどの進路が向いてるかが分かってくると思います。演奏活動をするために資金が必要だからそのために裏方の仕事で稼ぎます、っていうのは目的がちゃんとあるので私は全然悪いことじゃないと思っていて。なので、与えられた目の前のことに対して、全力でやってみてほしいですね。

 

ー貴重なお話しをありがとうございました!

 

中野美里
千葉県出身。東京音楽大学音楽学部音楽学科器楽専攻(ピアノ)3年在学中。3歳からピアノを始める。趣味は、舞台・音楽鑑賞。
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