2024.2.13

動画を通じた発信力で強みを発見!音楽仲間を大切に充実したキャリアを目指す

動画を通じた発信力で強みを発見!音楽仲間を大切に充実したキャリアを目指す
嶋崎 雄斗 shimazaki yuto

千葉県出身。

武蔵野音楽大学ヴィルトゥオーソ学科、同大学院ヴィルトゥオーソコースを卒業。在学中よりプロ活動を始める。第13回JILA音楽コンクール打楽器部門第2位、第18回日本クラシック音楽コンクール打楽器部門第3位(1.2位無し)、他多数受賞。

現在はマリンバ、ジャズヴィブラフォン、ドラム、各種パーカッション等の演奏家として日本各地で演奏を行う。2015年、韓国で開催された友好祭に東京代表パフォーマーとして出演。

劇音楽や打楽器アンサンブルの作曲を数多く手掛け、演劇、朗読劇、アニメ作品、展示会などに楽曲を提供。

楽譜ダウンロードサイト「music on paper」より多数の打楽器アンサンブル作品が出版され、国内各地のコンサートやコンテスト、海外でも演奏されている。

これまでにマリンバ、打楽器を磯田裕美、高橋美智子の各氏に師事。

音大生が自身のキャリアを考えるために、卒業後のキャリアについて音大生ならではの視点でインタビュー。
今回のゲストは、マリンバをはじめ各種パーカッション等の演奏家として国内外で活動する一方、作曲家として数多くの楽曲提供を手がける嶋崎雄斗さん。


成功の理由は「周りから得意だと言われたことをやり続けてきたから」。音楽界内外の多様な角度からの評価を指針に、フレキシブルに挑戦する嶋崎さんが動画配信を通じて広げた自身のキャリアを振り返ります。

自分の強みは何か?自分探しに行き詰まったときは、他者から見た「私らしさ」を磨いてみると糸口が見えてくるかもしれません。

 

 

 

テニスや勉強に打ち込む中での音大進学

 

 

僕がマリンバを習っていることを知っていた友人から「お前マリンバできるからできるだろ」と言われて、バンドに入ったんですよ、友達と。すごく下手くそだったんですけど、友達とバンドやるのが楽しかったので、そこでドラムを始めて今に活かしているかなというところですね。音楽的なところだと、打楽器に必要なスナップ力とか下半身の移動の仕方とかは本当にテニスをやっていて良かったと思っています。

 

‐テニスの経験が活かされたんですね!

 

めちゃくちゃ活きましたね。逆にテニスをやっていた時は、高校で本格的にテニスにのめり込んだんです。強いところに行ったんですよ。通える範囲にある公立高校でテニスが1番強い高校に行ったんですけど、そこでコーチみたいな人からは、リズム感が良すぎるから、球筋が読まれるとすごく言われました。

 

‐読まれる… 相手から読まれてしまうということですか?

 

そうです、あの、打つタイミングみたいなのが現れるみたいです。たぶんピンと来ないと思うんですけど、よくリズムを崩せと言われるんです。

それから、学校の勉強がわりと好きで、中学生の時に勉強をもうちょっとやった方が良いんじゃないかと思って塾に通いたいと言って通わせてもらったところ、先生がすごく良くて。ちょっと話がずれますけど、勉強の仕方が分からなくて、算数とか国語の文章問題とかはいつも良い点数取れるんだけど、漢字とか歴史みたいな暗記ものが全然できなかったんです。なんでだろうと自分でもよく分かっていなくて。塾の先生に相談したら、とりあえず騙されたと思って毎日ここに来てテスト範囲の問題集を必ず3周解けと言われて、やったんですよ。そしたらすごく成績が良くなって、今まで勉強時間が足りていなかったんだと気づきました笑

そこから、ちゃんと時間を確保するようにしたら、勉強ができるようになるのが楽しくて。音楽もそうじゃないですか。音楽が苦手だったら音大に行こうって思わないじゃないですか。

 

‐そうですね。

 

だから親は期待していたようです、勉強方面に。音大に行くことになって結構一悶着あったらしいです。

 

‐そうなんですね。音楽をされていたご家族だったけれども、やっぱりそこはちょっとあったんですね。

 

だからこそじゃないですかね。しかも、うちの父はそんなに演劇で稼げていたわけではなかったらしいので、より反対。反対というか、本当に大丈夫かお前という感じだったと思うんですよね。

 

‐将来のことを考えたからこそ、お父様も心配になりますよね。

 

はい、だと思います。せっかく勉強できるのに、みたいなのはあったんだと思いますね。でも結果的に良かったです。結果論ですけど。楽しくやってます。

 

 

 

 

 

 

趣味の日記が YouTube 活動に急成長

 

 

‐学生時代 4年間を経て、そこから今につながるYouTube活動を始めようと思ったきっかけは?

 

YouTube につながる話だと、僕は mixi で日記を書いたりしていたんですけど、日記を書いてもしょうがないなと結構思っていたんです。自分の知っている人相手に日記を書いても誰も見てくれないし、自己満足できるからいいんだけど、ちょっとなんか違うなと思って。

小説家になりたい時期もあったんですよ。文章を書くのはすごく好きで、要は勉強全般好きだったんですよねきっと。文章を書くのが好きだったから mixi も楽しかったんですけど、もっと人に見てもらえるんじゃないかと思って、アメーバブログでブログを書き始めたんです。

そのブログが『 打楽器奏者嶋崎雄斗の折れない心と折れないステック 』みたいなタイトルで、自分の自虐ネタとか打楽器のよくある質問に答えたりと、電車の中でポチポチ書いていたら、結構閲覧者の方がいて。

当時はブログを収益化できるのを全く知らなくて、とりあえず見てもらえて嬉しいし、たくさんの人に見てもらえるとコンサートの宣伝に生きてくるんですよ。ライブでもコンサートでも、やっぱりフォロワーが多い人って信頼があるじゃないですか。そうやって書いているうちに、後輩から「 Twitter やったらいいんじゃないですか!」と言われて Twitter をやってみたら、文章制限あるからこれは長文書けないなと思って、一発でやるか面白い画像でネタにするか考えて、早弾き演奏動画をアップしたところバズったんですよ。そのうちにフォロワーが数千とか一万とかになった頃、「YouTube向いてるんじゃないですか!」と言われて、「ほう!YouTubeか!」と。

アニソンの主題歌とかを打楽器アンサンブルにしてみようと出版社と企画して、進撃の巨人の主題歌を出版するためにレコーディングして自分のチャンネルにアップしたら、当時にしたらそこそこバズって、数十万回くらい再生されたかな。それで急にフォロワーが3000とかになって、色々な人から「YouTube向いてるからやった方がいいよ」と言ってくれる人がちょこちょこ現れて、それならばと始めたんです。

 

‐YouTube を始めたのはいつくらいだったのですか?

 

本格的に始めたのは30歳。だから7年前くらいですね。

 

‐大学を卒業後、周りが進路を考え始めたりとか自分の道を探り始めると思うんですけど、嶋崎さんは自分のことを発信する活動以外に何かに属そう、例えば会社なり楽団なりに所属しようという思いはあったのですか?

 

全然なかったです。ある程度演奏や教える仕事があったのも大きいでしょうし、根拠のない自信もありました笑

大学2年生の時かな、オーケストラの授業を取ってみたんですよ。初めてオーケストラの授業を受けてみて、演奏旅行とかも行ってみて、自分は向いていないと思ったんですよ。なんで60何小節も休まなきゃいけないんだと。

もちろんやっている方たちは素晴らしいんですけど、向き不向きがあるじゃないですか。まぁ自分には向いてないなと思って、オケとか吹奏楽に属するっていうのはなかったですね。

 

‐それにしても、お忙しいですよね。教えて、演奏もされて、YouTubeもされて。そのバランスを24時間の中で相当工夫しないと難しいだろうと感じています。

 

1番時間をかけているのはレッスンですかね。拘束時間、月の半分くらいはレッスンしているので。人生の目標は、生徒100人に囲まれて死ぬことです。

 

‐今は、生徒さんはどれくらいですか?

 

今継続している人が60数名いるんです。だから1.5倍に増やさないと死ねないです笑

なかなか頑張りました。スケジューリングはそんなに上手くはないですけど、詰め込み型なんです。詰め込んじゃうのが癖なので、それが課題といえば課題です。

 

 

 

 

 

 

周囲からの評価をチャンスに変えた

 

 

‐Yourubeのお話を伺って、ご自身の周りの反応にすぐに対応されている印象を受けたのですが、演奏家として自分をちゃんと外にアピールしていこうとしていたのでしょうか?

 

そうですね、自分のやっていることを見てくれる人がいるというのがmixi時点で分かったので。そのために、目立つことも大事だなと大学に入った時点で思ったので、髪を染めたりピアスを7個くらい付けてたりしたんですよ。

 

‐そうなんですか!見た目も派手にしようということですね 

 

心理学とかもすごく好きなんです。

 

‐意外です!

 

見た目で底辺に入っておくと、すごく評価が上がるんですよ。だから音大に入ったら、まずすごくアウトローな見た目にして、すれ違う度に色んな先生たちに丁寧に挨拶したら、よく覚えてくれるんです。その上ですごく練習するから成績も良いじゃないですか。だから、さらによく覚えてくれるんです。

あとは、自分のことって自分が1番よく分かっていないと思っていて、誰かにこれが向いていると言われたことをやった方が成功すると思ってるので、人から勧められたことをやるようにしています、ずっと。

 

‐例えばピアノだと結構人口が多くて、ソロでやっていくにはある意味目立つ、或いは路線を変えてアンサンブルピアニストになるというような、色んな方向があると感じているのですが、打楽器だとピアノとかと比べると比較的規模が小さい中で、嶋崎さんは周りを意識することはありましたか?先生方が築かれてきた道と同じような系統に行きたいなどと思っていましたか?

 

どうですかね、先生とか先輩たちに言われたことは全部やるので、こうしたいというよりは、言われたことをやるという感じです。今もそうです。あまり自分がこうしたいっていうのは上手くいかないと思うんですよ。僕は今まで小中高と割とそうでした。周りから得意だと言われたことをやっていたから、自然と上手くいったんじゃないかと思います。だから、速弾きも、大学の試験で『熊蜂の飛行』というふざけた曲を弾いたらですね、ほとんどの先生から「この曲は試験で弾く曲じゃないぞ。」と言われたんですけど、1人の先生が「君、これだけ速いのが得意だから一生やり続けた方がいいよ。」と言ってくれて、「あぁ、なるほど。」と思って、ずっとやろうっていう風にメモしたりとか。偉い人とか僕のことをよく知っている人たちがアドバイスしてくれたら基本やるって感じですね。やりたいことがあまりないのかもしれないですね。あるんだけど、人から言われる方がやりたくなるというか。

 

‐それを素直に受け止められるのはすごいなと思います。

 

そうですか、ありがとうございます!

 

‐周りから言われる色々な印象やアドバイスを素直に受け止められるのはすごく大事なチャンスを得られるものですね。それが素晴らしいと思って。

 

人から褒められると嬉しいですね。

 

 

 

 

 

 

地道に学んだ編曲が作曲の基礎に

 

 

ざっくり言うと、音大を受験する時はソルフェージュの試験があるじゃないですか。僕は高2までマリンバしかやってこなくて、絶対音感もないし相対音感もなかったので、ドミソドを弾かれてこの音は何?と言われても、何でそれが分かるんですか?というタイプだったんですよ。なので、ソルフェージュ教室に通いました。音大受験のために。ケー・エス・ミュージックといって佐々木邦雄先生がやっている教室なんですが、その佐々木先生に習えたのがすごく大きかったです。聴音とか新曲視唱の課題とかもやるんですけど、編曲の課題もあるんですよ。楽譜を書かないとダメだと。佐々木先生の持論というか教え方は、楽譜を書け。そして頭の中で鳴らせと。コードとメロディが書いてあるだけの楽譜に、自分で弾ける範囲でいいからコードを見ながらピアノの楽譜を書くような課題もあったんですね。佐々木先生は作曲が主なので、そうやって課題を持っていくと、ここはおかしいぞと教えてくれるんです。そのおかげで作曲の基礎がなんとかできたんですね 笑

マリンバはあまり楽譜がないので、演奏のリクエストが入ると楽譜がないから自分で編曲するわけですよ。編曲ができるようになると、作曲もできるようになるんですね。鼻歌で歌ったメロディを元に、自分でコードを作れるわけですよ。自分で作曲したものを、劇の伴奏で演奏することがあって、1つの劇団に3年くらいお世話になったことがあるんですけど、その楽団では、マリンバのソロにBGMを付けたり、劇の転換の間に劇の雰囲気に合うような曲を作曲して演奏したりしていました。

そのうちに、僕が作曲ができると大学内で知られるようになって、卒業して少し経ってからかな、ミュージックオンペーパーという楽譜ダウンロード出版社を同級生から紹介されたんですよね。その出版社で許可が降りたものから出版していくうちに、他の出版社からも依頼が来るようになったり、吹奏楽のアンサンブルコンテスト、コンクール用の作品を書いてくれと依頼があったり、イベントで依頼があったりという感じですね。

 

‐作曲を学ぶなら編曲から入れということですかね。

 

僕はそう思います。編曲ができなきゃ作曲もできないし、自分の中の引き出しが培われないじゃないですか。1から作曲しようと思ったら、本当に自分の中にあるものでしか作れない。絵とかでも言いませんか?模写から始めようとか。音楽もそうですよね。まずは楽譜があって、自分が知っている曲だったらやりやすいじゃないですか。先生がお手本を弾いてくれたりするじゃないですか。知らないものは出てこないので、編曲からやるのがいいんじゃないかなと思います。

違っているかもしれないですよ。あまり真に受けないで。僕がそう思っているだけです。

 

‐そういう出会いをちゃんとものにしてるのはすごいですね。本当にご縁ですよね。出会いって。

 

そうですね。

 

‐作曲の道が開けるとは当時は思っていらっしゃらなかったですよね、きっと。

 

そうですね。それから、バンドに入ったじゃないですか。ギターとかベースがちょっと弾けるようになるとコード読めるようになるんですよね。

それが作曲編曲に生きているし、ジャズやクラシックの曲にアドリブを入れて演奏したりするんですけど、そういうときにも生きていて、何がどう生きるか分からないですよね。とりあえず全部やっておけという話ですよね。

 

‐どこで花開くか分からないですもんね。

 

 

 

自作のカホンから花開いた商品づくりの仕事

 

 

‐大雑把にこういう風になれたらいいなと漠然と思っている方もいらっしゃる中で、今の話を伺うと、嶋崎さんは具体的に目標を立てていることが分かります。今年はこれをやる、来年はこれをやるというように。その目標は自分で見つけて作ったものなのですか。それともメンバーや周りの方と相談しながら見つけていくものなのですか?

 

いや、メンバーには一切相談していないので、怒られるんですけど、なんでしょうねぇ。

打楽器商品を作る仕事に関しては、自分がこういう打楽器があったらいいのになぁというのが結構あって、今だったらその打楽器業界内では知名度もできてきたので、協力してくれる人がいるんじゃないかという汚い目論見もあって 笑

今できる時だなと思ったんですよね。

 

‐作りたいと思ったタイミングはもっと前で、今ちょうどそのタイミングが来たと思ったから1年後くらいの明確な具体的な目標が見えてきたということですか?

 

そうですね。僕はカホンの販売もしていたんですよ。カホンを作って売っていました。自作ですよ。ホームセンターで木を買ってきて、当時は販売されていなかった折り畳み式カホンを作ったんですよ。

たぶん僕、今思えば画期的だったと思うんですよ。

要は蝶番 (ちょうつがい) などを組み合わせて、パカって蓋を閉められる仕組み。そもそも妻が足を悪くしたか腰を悪くしたかで、打楽器は重くて持つのがきついよねという話になった時に、そういう人は多いんだろうなと思って。そこで、妻のためにとりあえず作ってみたんですよ。そうしたら案外好評で、Facebookでこんなの作りましたと自分で演奏してみたら、買いたいですって言われて。じゃあ販売します!と売り出したら1年で20くらい受注が来ちゃって。最初作るのはいいんですけど、ずっと作り続けるのが面倒くさくなって止めたんですよ。ちょっと違うなぁと思って。

そういう風にアイデアはあるんですよね。自分で作る気はしないから、カホンで懲りたからもういいやと思ったいたけど、YouTubeでミニカホンのメーカーさんからタイアップの仕事が来たりとか、楽器メーカーさんと触れ合う、知り得る機会がたくさん会った時に、楽器メーカーさんもそういうのに飢えているんだなと思って。そうなってくると、そのツテを使えば今だったらできるかなと思ったんです。作ってもらえる地盤ができたという感じですね。

 

‐カホンで挑戦してみたからこそ、自分1人ではできなくても、そのアイデアの元に協力してくれる人が集まったということですよね。

 

そうですね、あの時カホンなんてもうやってられるかぁ!となって良かったですね 笑

 

‐いったん中断したけれども、挑戦したことが蕾になって、今新しい花が開いたのだと感じますね。

とはいえ、特に音楽の世界では具体的に目標を立てるのはなかなか難しいことと感じています。前々から色んなアイデアを持っている人は多くはないと思います。

 

学生、特に音大生だと、横の繋がりを持っていない人が多いからですかね。練習漬けなのは全然いいと思うんですけど、僕の場合は7つサークルに入っていたんですね。

もちろん、幽霊部員のサークルもいっぱいあったんですけど、年に1回は顔を出すことによって違う楽器の人と知り合えたりするじゃないですか。それで自己紹介して、SNSで繋がれるし。

学生さんからのTwitterのDMで、将来が不安って言う方によく言うのが、自分と同じ楽器の人とつるんでも仕事は回んないぞということ。演奏を仕事にしたいんだったら、他の楽器の人とつるめと。ピアニストだったら、伴奏者の需要は高いので、金管や歌、弦楽器、あと打楽器の人たちの界隈に顔を出すことが必須だと思うんですよ。伴奏者の仕事がしたかったらね。ソリストになりたいんだったら断ってもいいと思うけど。でも、ソリストを探しているっていう場合もあるんですよね。要は演奏会の中でピアノを10分弾いてくれる人を探しているということもあったりするんで。とにかく人脈は浅く広く。その上で、信用できる人とか一緒にバンド組むとかずっと一緒にやっていきたいと思う人とは深く付き合えばいいと思うので。

音大生は特定の楽器とか特定の人としかつるまない人、すごく多いと思うんですよ。これ僕、音大入ってびっくりしたんですよ。打楽器だと、打楽器や管楽器の人とはつるむんですけど、ピアニストとは接点ないし、ヴァイオリンの人たちなんか普段何やっているかも分からないし。そんな状況だったので、いっぱいサークルに入っていたんですよね。色んな人たちと知り合えて、目立てるし、将来仕事が入るだろうなぁと思って。だから人脈を作るという意識が大事なんじゃないかと思います。

その意識を持つだけでだいぶ変わると思いますけどね、音大生の不安は。

 

 

 

 

 

 

読者へのメッセージ

 

 

‐今実際にご活躍されているからこその言葉というのは、現役音大生にとってすごく背中を押してくれる言葉になると思っているので、あらためて音大生に向けてメッセージをお願いします。

 

YouTubeをやっている人っぽい意見を言わせていただくと、ほとんどの音大生、若しくは卒業したての音楽家の方は、音楽を知らない人たちの気持ちが分からないと思うんです。僕は大学生の頃打楽器を見てすごく新鮮だったんですけど、皆さんにとっては当たり前になり過ぎているんですよ。だって、小さい頃からピアノやヴァイオリンをやって、ソルフェージュとかもやっていたでしょ?分からないけど 笑

そういう人にとっては、音楽があるっていう生活が当たり前過ぎているんですよね。本当に一流の中の一流の人だったら、そのまま最後まで行けるんです。でも、トップオブザトップ一点を目指すならいいですけど、その割りに音大生は多いですよね。

練習して練習してもショパンコンクールで優勝できない人ってそりゃいますよね。でも、(優勝が山の頂上だとすれば)山の麓くらいでも、(音楽を知らない)一般の人たちに向けて頑張ったら、トップの人たちを超せるわけですよ。何らかのジャンルだったり何らかの方面で。みんなそこを目指せばいいのにと思って。僕はそう思ってコンクールは止めました。なので、音大生たちに伝えたいことは、とにかく音楽を知らない人たちとも知り合いになれ。音楽なんて分かんないっていう人とキャリアを歩めばいいですよ。

 

‐その考えがあるからこそ、たくさんの視聴者さんが注目を集めて見てくださっているということですよね。

 

 YouTubeの戦略はそうですよね。逆にクラシックの演奏会に出る時はやっぱりバッハを弾いたりとか、ケースバイケースで使い分けるのが大事だと思うんですけど、使い分けるだけの思想というか思考の引き出しがないとできないんです。その引き出しが音大生ってやっぱ少ないなって感じていました。僕が学生の頃テニス部に入っていて、音楽漬けじゃなかったからこそ感じたことだと思います。

 

‐大事なことですね。1つのものを追求する時間は必要で、大学時代からたくさん勉強して、練習して自信を付けていくのが大事な一方で、それと同じくらい、視野を広げて色んな人たちの意見を素直に受け入れながら自分で実践してやってみることが大事なんですね。

 

 

 

 

近藤 綾音 kondo ayane
福島·宮城県出身。 常盤木学園高等学校音楽科を経て、武蔵野音楽大学演奏学科器楽コース有鍵楽器専修ピアノ専攻学部2年在学中。 4歳からピアノとエレクトーン、小学3年生からトランペット。 趣味は読書、旅行、スキー。
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