2022.7.17

私だからできることで輝く!~音楽を強みにする仕事のつくり方~

私だからできることで輝く!~音楽を強みにする仕事のつくり方~
福村 彩乃

リフレクトアート株式会社代表取締役社長

 

桐朋学園大学 音楽学部演奏学科 ピアノ専攻卒業

東京藝術大学大学院 音楽研究科音楽文化学専攻 博士前期課程修了

東京藝術大学大学院 美術研究科工芸専攻 ガラス造形研究分野研究生

ピアニストとしてのキャリアを生かし、ピアノの世界をイメージしたガラスアクセサリーブランド「ayanofukumura」を立ち上げる。

ギャラリー、百貨店等での展示をはじめ、取材や講演会での登壇など多方面で活動中。


音大生が自身のキャリアを考えるために、卒業後のキャリアについて音大生ならではの視点でインタビュー。
今回のゲストは、桐朋学園大学を卒業後、ピアニストからガラスアクセサリーの道にキャリアチェンジし、現在はリフレクトアート株式会社の代表取締役社長として活躍する福村彩乃さん。
演奏者ならではの感性と経験でキャリアを切り開く彼女の姿は、私たちに未来への希望をくれました。

 

 

人に感動を届けたい!の思いからマネジメントを学ぶ。

 

−福村さんのお仕事の内容を教えていただけますか?

 

リフレクトアート株式会社という会社の代表取締役社長をしています。アートをリフレクト、つまり反響させて広げていくという企業理念を持っていて、アーティストとともに、まだ全然アートが踏み込んでいない領域で、アートが役に立てることに取り組んで事業化しています。

たとえば、私たちが作るアクセサリーは全部ピアノ曲とか絵画をイメージしたものなんですよ。商品を通して「アートの最初のキッカケを創る」仕事です。

 

−音楽はいつ頃、何の楽器から始めましたか?

 

ピアノ自体をきちんと始めたのは、小学校に入ってから。就いた先生が桐朋学園大学(以下「桐朋」といいます。)出身の先生で、地元ではとても厳しくて有名な先生ですが、この先生に出会ったのがきっかけで、私も桐朋に行きたいなと思うようになりました。

 

私の母は大分県立芸術文化短期大学の声楽科を出ているのですが、母自身が桐朋や東京藝術大学(以下「藝大」といいます。)に行きたいっていう夢を持っていて、そういう母親の夢を自分が叶えたいという思いもありました。 

中学から、高校にピアノ科のある中高一貫の女子校に通い、田舎で桐朋に行く人がほとんどいないようなところだったので、東京に行ったり、コンクールを受けたり、海外の講習会に行ったり、そういうことを積み重ねて桐朋を受験しました。

本格的に音楽をやる人には、いろんなものを犠牲にしてきた人がきっと多いと思うんですけど、私もそんな感じで、ピアノが私の人生だし、ピアノのレベルが人の価値みたいに思っていたところがありましたね。

 

−音大在学中にきつかったこと、辛かったことはありましたか?

 

挫折。まあ、多分ほとんどの人がこの道を通ると思うんですけど、自分以外にもピアノ弾ける人がたくさんいるという現実を東京に来て初めて目の当たりにしたとき、なぜ私がピアノをやるのか?譜面をぱって開いて見て、その場でプロ並みの演奏ができる子が目の前にいるのに、なぜ私はピアノを弾いているんだろうというのをすごく考え始めました。

私の先生から、あなたはどんな演奏をするのか?あなたにしかできない演奏は何なのか?ピアノを弾ける人が大勢いる中で、あなただけが出せるパフォーマンスは何なの?ということを小さい頃からずっと言われてきたのですが、それが大学に入って見出せなくなってしまって。

 

そこで、もう自分がやれる限界をとうに超えているぐらいピアノはやってきてたから、他に私にできることはないのか?私だからこそ人に感動を伝えられることってピアノ以外にないのかな?と考え始めるようになりました。

 

私だからこそできることがあると信じて、新たな道を大学で模索し始める中、自分でコンサートを企画したり、クラブにオーケストラを持ち込んで演奏会したら面白いと思って。大学4年生のときに、企業の協賛を集めて大きな会場を借りて、オーケストラを入れて、演奏会×パーティーのようなイベントを企画してやりました。

 

−ご自身は演奏家という立場ではなくて、あくまでプロデューサーの立場だったのですね。

 

はい、自分では一切演奏せず、プロデュースに専念しました。この経験を通して、ピアノをやってきた私だからこそ、音楽を広めるためにできることがあるのではないかと考えるようになりました。

音楽を広げていこうと考えたときに、やっぱりお金をきちんと回していかないと継続は難しいので、とにかくお金をきちんと稼いできちんと回していけば、人の役にも立てて、やりたいことも続けていけると思ったんです。

 

そんなときに偶然、イベントに演奏家を派遣する会社の方と知り合ったことがきっかけで、マネジメントの方に行こうと思い、藝大のアートマネジメントを学べる専攻を受験しました。

 

−アートマネジメントの道に進むことを決めたとき、ピアノの道を離れることに迷いはありましたか?

 

ありませんね。私は自分が思うように弾けないことが苦しくて。こう弾きたいというのはあって、そう弾ける子はいるのに、私には弾けないことが苦しかったんです。

どれだけ努力しても、私にはたどり着けないところがあると内心思っていたので、むしろピアノを続けない選択をして、すごく心が軽くなりました。

 

 

 

 

家族と共に作ったガラスの箸置きが、人生観を変えた。

 

−藝大の院に進んだ後、企業への就職という選択肢はありましたか?

 

すごく就活しました。就活の予備校に入っていろいろ勉強もしました。音楽に携わる仕事がしたいと思い、当時はアート全般を見ていましたね。

一方で、いずれは自分で起業したいという思いもありました。

 

−アクセサリーの道はその頃から考えていたのでしょうか?

 

藝大で、美術のコンペに作品を出展する機会があったのがきっかけです。もともと、父親がステンドグラスづくりをやっていて、その余ったガラスを使ったアクセサリーを趣味で作っていたんです。

 

ガラスを焼いて固めて丸くして、アクセサリーにして、それを父の個展で一緒に売ってお小遣い稼ぎをしていたのですが、藝大の美術のコンペに音楽学部の人も出せることを知って、アートプラザのコンペに出したら三番目の賞をいただきまして。その後、藝大アートプラザに作品を置いてもらうようになりました。

 

−ご家族が今のお仕事に影響を与えたのですね。アクセサリーづくりを仕事にしようと思ったきっかけはありますか?

 

初めは全然ガラスで生きて行くつもりはなくて。音楽のマネジメントをして生きて行くと決めた最中、妹が病気で亡くなりました。妹のお葬式に来てくれた方に渡そうと、家族でガラスの箸置きを1000個作りました。

 

そのとき、あらためて自分の人生を振り返って、私にとって幸せなものは何だろうと考えると、家族や大事な人と過ごす時間が、私にとってピアノ以上に大事なものだと気づいたんです。

それで、家族と一緒にガラスの作品を作る時間を大切にして生きて行きたいと思うようになりました。今も、うちの会社で運営しているブランドの一つは家族が全部商品を作ってくれているんですよ。

 

だから、ガラスの仕事をするきっかけをくれたのは家族ですね。

ガラスの道で生きていくと決めた私は、自分が持っている資源をどう生かすかを考えました。私の場合、ピアノという人生の財産があって、父が趣味でステンドグラスづくりをやっていて、そしてステンドグラスのガラスがたくさん余っていた。それを組み合わせたら何ができる?と考えて、今の仕事にたどり着きました。

ピアノを通して、自分にしかできないことを考える力を培ってきたのだと思います。そこで、今度は藝大の美術のガラス専攻を受験しました。

 

ピアノをやっていた当時、ピアノを弾くこと自体よりも、ピアノを使って誰かの感性を刺激するのが好きでした。

今になって、ピアノであっても、ガラスであっても、音楽のマネジメントであっても、やり方が違うだけで目的は変わっていないなと思います。

 

 

 

 

3つの経験のかけ合わせがオリジナリティーを生む。

 

−ご自身のやってきたことがすべて生きているんですね。

 

うん、生きているというか生かすんです。自分にどんな資源があるかをいつも考えています。私よりできる人はたくさんいて、みんなすごい技術を持っているけど、私にはそんな技術はないし、アート的な美的感覚はすごく低いと思います。

だけど、音楽の経験と、音楽の世界をピアノで表現する力は、周りの人が持っていなくて私が持っているもの。頭の中に浮かぶ曲のイメージを鍵盤ではなく、ガラスで表現することはまだ日本で誰もやっていないのではないか?と思いました。

 

そこで、ピアノ曲をイメージしたガラスアクセサリーを作ってみると、周りと差別化でき、美術館から声がかかったり、音楽好きの方が買ってくれるようになったんです。段々と音楽好きな人の間で広まって、他の人が出店できないような場所に置けるようになりました。

 

他の人にはない自分だけが持ってるものが絶対あるから。どんな小さなことでも、3つ組み合わせれば、自分だけのオリジナルになると思います。

皆さんは音楽をやっている時点で、既に普通の人ではあり得ないことを経験してきています。私は、皆さんは既に大きなアドバンテージを持っていると思っています。

 

 

 

 

ピアノで培った、1を10に変える力

 

−私自身、音大在学中なので、音楽をやることが当たり前になっていますが、一般的にはそれが当たり前ではないということですね。

 

ピアノをやっていた頃って大変だったし、辛かった。音楽は孤独な作業を一つずつ積み上げていくことなしにはできないことだから。それをものすごい時間をかけてやり抜くことができるのは強みです。

 

仕事でも一人で一歩ずつ一個ずつ積み上げていく場面がたくさんありますが、一つのことをトライアンドエラーを繰り返しながら突き詰めて向上させられる人って、そんなに多くないんですよ。

仕事はやったことが結果に結びつくので、音大生の努力ができるところや挫けないところ、精神力があるところは、これから生きていくのに役立つと思う。

きっと新しいことをやってみたら、思ったよりやれることに気づきますよ。それくらい、音楽をある程度のレベルまで続けることはすごいことだと思います。

 

自分が今まで培った能力をこれから最大限生かしていって欲しいですね。

私は藝大で美術と音楽の両方に行ったので、両方の人の特徴が何となくわかるんですけど、美術をやっている人と音楽をやっている人って結構違うんですよ。美術は0から1を目指すことが多くて、個性をとても尊重します。

 

一方で、音楽は作曲家がどういう意図で楽譜を書いたのかを考えて演奏しますよね。つまり、1を10にするためにはどうすればいいかを考える。

仕事では1から10を作ることが求められることが多いので、音大生は能力を発揮しやすいと思います。

 

−0から1、1から10どちらも経験できていてすごいですね。

 

いやいや、私は0から1はあまりやれていないです。

ガラスを作るたくさんの技法があって、その中からどれを選ぶかは最初は真似ですよね。真似から入って、それをオリジナルにするために自分だけの組み合わせを作っていきます。私は、自分がこうしたいという思いよりも、誰かが感動してくれることをやりたいという思いが強い。

これは、私が音楽の人間だからだと思います。

 

−ピアノ曲をアクセサリーにする発想は、まさに0から1を生み出すことですね。

 

人と同じことをやってもしょうがないので、周りの人からアドバイスもいただきながら、人がやっていないことをいろいろ模索する中で、ヒットしたのがガラスのアクセサリーでした。

ヒットしたらさらに大きくしていき、ヒットしなければやめる。ずっとこの繰り返しですね。だから、まずやってみることが本当に大事です。

 

−これからの人生で何事もとりあえずもうやってみようと思われますか?

 

私はそう思います。やってみないとわからないから。

ただ、一人でやれることは限られますよね。だから、仲間は大事です。同じ夢を持つ仲間が力を合わせれば大きなことができる可能性があります。

 

大学4年のときのコンサートの企画も、仲間がいたからこそ形にできたのだと思います。オーケストラで一つの曲を演奏することで、大きな音楽を作ることができるのと同じように、同じ思いを持つ仲間と一緒にやれば、大きなことができるはずです。

 

 

 

 

鍵盤の上からガラスへ。形を変えて生きる音楽

 

−アイデアやイメージを形にするアクセサリーづくりの過程をお聞きしたいです。何をテーマにするのかは福村さんが決められているのですか?

 

楽譜を見て浮かんだ曲のイメージを、ピアノで表現するか、ガラスで表現するかだけの違いです。ガラスでできることは限られているので、今ある技法を最大限使って、思い描く色や質感、凹凸感などをガラスで再現します。

例えばバッハであれば、数学的な表現をガラスに落とし込んでいきます。

 

−すごく高度で難しそうですね。

 

そんなことないんですよ。ちなみにショパンって何色ですか?

 

−薄いピンクをイメージしました。

 

私もそういうイメージです!だから、ショパンの作品はだいたい白かピンク系で作っています。そうやって自分で決めてしまえば、後はそれを形にするだけです。

いろんな曲を弾いているからこそ、作曲家や曲に対する感覚が醸成されてきたのだと思っていて、今その感覚が生きています。

 

−作品を作る上でのこだわりや、やりがいは何でしょうか?

 

音楽をやっていない方からすると、音楽は敷居が高いです。そこで皆さん敷居を低くするためにはどうすればよいかを考えがちですけど、それよりも裾野を広げることが大事だと思っています。

敷居を下げる必要はないと思います。本当に素敵なものだと思うから。

だから、普段使い慣れているものにちょっと音楽要素を持たせて、音楽の最初のきっかけになるような作品づくりを大事にしています。

 

私たちの作品づくりのコンセプトに付いて来てくださる方は絶対にいる。だからこそ、常に新しい挑戦を続けようと思います。

 

 

 

 

人の心を動かすために。学んだことを活かす道は一つじゃない。

 

−芯を強く持って行動できるのはなぜですか?

 

誰かの役に立ちたい。その思いが私の原動力です。小さい頃から、人の心を動かしたいという思いでピアノをやってきましたが、アクセサリーの世界でもその思いは変わりません。

 

人の心を動かしたいと思うようになったのは、ピアノの先生の演奏に涙が出るぐらい感動したことがきっかけです。本当にピアノが上手な先生で、今もピアニストとして活躍されているんですけど、本当に人間的にも素敵な方なので、私も先生のようになりたい。先生のように人の感性を刺激する演奏がしたいと思うようになりました。

 

ただ、周りには、美術や音楽を学んでも、その能力の高さを生かせていない方が多くて、だんだん悔しくなってくるんですよね。

だから、私はその現状を変えていきたいと思っています。私が、アートを世の中にどう伝えていくか体現する立場になりたい。その思いで今の事業にも取り組んでいます。

人生ってわからないものですよね。

 

-演奏から離れても、作品を通してピアノと繋がっているのがすごく素敵です。

 

いろんな可能性があるけれど、ピアノをやってきたことから得られることをどう次に繋げるかが大事にしています。

音楽をやめたら、演奏するをことから離れたら、もうお終いだなんて思わないでほしい。演奏を通して音楽を表現することだけが今まで積み上げてきたことではないはずだから。いろんな方法を模索してほしいです。

 

-福村さんの今後のキャリアプランや、10年後の将来像を教えてください。

 

現在、音楽と美術を突き詰めてきた経験を活かして会社を経営していますが、会社の理念をさらに広めていきたいです。

音楽ってなかなかお金にするのが難しいからこそ、まだ誰もやっていないような形で音楽を広めることに挑戦したいですね。

 

皆さんは、そういう『人にはない自分だけのこと』っていうのは絶対いっぱい経験してるはずだから、その経験をどうして行くかを有効に使ってください。

 

-最後に音大生へのメッセージをお願いします。

 

悩む時間はすごく大事なので、自分は何が好きで、どういう人生を送っていきたいのかを時間をかけて考えてほしい。そこには苦労がたくさん付いてくると思うけれど、自分で納得した道に進める方が人生は豊かになるから、たくさん悩んで、たくさん自分自身と向き合って、自分ならではの形を見つけてください。

私は、大学在学中に就活をしましたが、ことごとく不合格でした。けれど、自分の可能性を信じて、誰かの役に立つ形を求めて悩みながら足掻いた結果、今があります。

 

何度も言いますが、『音楽を突き詰めてきた人生』は、それだけで、人とは違う大きなアドバンテージです。自信を持ってやりたいことをやり続ければ、皆さんだったら思い描く未来を絶対掴めるはず。

就活で落とす企業があったら、見る目なかったのねって思って、自分の可能性を信じて頑張ってください!

 

 

撮影:山吹泰男

濱口 璃歌
長崎県出身。東京音楽大学音楽学部音楽学科器楽専攻(ピアノ)4年在学中。3歳からピアノを始める。趣味は映画鑑賞と高校野球観戦。
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